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80年代プロレスを中心に、プロレスを気ままに語る、柴犬好きのブログ

自分が観戦したプロレス興行や、プロレスについて思うことがあるときに、気ままに書きたいことを書いてます。

1985年バーニングスピリットインサマー

新日本プロレスのサマーファイトシリーズがこの年はバーニングスピリットインサマーという名称に変更。ブルーザーブローディの名言、猪木の目にバーニングスピリットを見た、から取ったシリーズ名。たしか開幕戦か2週目あたりに品川プリンスホテルゴールドホールがあったな。昔は品川プリンスホテルでプロレス興行してたんだなあ。一度、見に行って見たかったな。

1985年IWGP&WWFチャンピオンシリーズ愛知大会

1985年6月13日新日本プロレスIWGP&WWFチャンピオンシリーズ愛知県体育館大会。この日はIWGP王者としてのアントニオ猪木WWFチャンピオン・ハルクホーガンの対戦。82年頃、83年IWGP頃とは違い、84年にWWFヘビーのチャンピオンとなってから一年以上が経過して、ホーガンは風格を増してたなあ。

85年はIWGP&WWFチャンピオンシリーズという発想は良かったんだろうけど、なんかその他の年のIWGPと比べて暗い感じだったし、いまいち乗り切れない印象のシリーズだった。

1985IWGP&WWFチャンピオンシリーズ東京体育館大会

この年のIWGP東京大会はアントニオ猪木対アンドレザジャイアントの闘い。地味な攻防が続いて暗い試合だったなあ。延髄斬りもアンドレの背中に当たった程度で微妙な決着だった。時期的に同じぐらいの年代に行われてた83年第1回IWGP開幕戦や同年12月鹿児島でのアンドレ戦と比較しても、この年のアンドレ戦の盛り下がりはひどかったな。アントニオ猪木も下降線をたどっていっていた途中だったこともあるんだろうけど。

1985年IWGP&WWFチャンピオンシリーズ

開幕戦は藤波辰巳の地元、大分大会、そして福岡スポーツセンター大会と合わせて2大会のテレビ中継がたしかあった記憶がある。藤波辰巳対ジミースヌーカの一戦は流血試合となった。昔はよく流血試合があったけど最近は本当に少なくなったな。

1985年ビッグファイトシリーズ両国大会その2

この日のもうひとつの注目カードは藤波辰巳対スーパーストロングマシーン。マネージャー若松の誤爆により視界を遮られたマシーンに藤波辰巳ドラゴンスープレックス一閃!久々にドラゴンスープレックスが決まった瞬間を見れて興奮したなあ。前年の愛知大会でもドラゴンスープレックス繰り出したけどその時は決まらなかったけど、この時はバッチリ決まった。その後、ドラゴンスープレックスって出したことあるのかなあ、あんまり記憶にないなあ。

1985年ビッグファイトシリーズ両国大会

1985年4月18日新日本プロレス両国国技館大会。たしかこの大会が新日本プロレスとしては両国国技館での初興行。全日本プロレスから転出したブルーザーブローディとアントニオ猪木が初対決。どんな試合になるのかをすごく期待してテレビ観戦したなあ。大量離脱後に冬の時代となっていた新日本プロレスに一筋の光明が見えた気はしたけど試合自体はそんなに噛み合ってなかったな。あの天才レスラーアントニオ猪木をしてもブローディは扱いにくいんだなと思った。体格差もあるけど。

ホーガンやアンドレ、あるいはスタッドなんかともうまく試合を組み立てられるのにやっぱりブローディは難しいレスラーだったんだろうな。

1985年ビッグファイトシリーズ

ケリーツインズなんていう双子コンビが参加したりハックソーヒギンズも参加していた。そして後楽園で伝説の運命が響き渡りブルーザーブローディが登場。興奮したなあ。真冬の暗黒時代をさまよっていた新日本プロレスについに復活弾が来たか、と期待は高まったなあ。