80年代プロレスを中心に、プロレスを気ままに語る、柴犬好きのブログ

自分が観戦したプロレス興行や、プロレスについて思うことがあるときに、気ままに書きたいことを書いてます。

INOKI闘魂LIVE PARTⅡ

大阪城ホールで開催された闘魂LIVE第二弾。海賊男が乱入してマサ斎藤に手錠をかけて控え室に連れ帰ってしまい、大混乱。かの有名な暴動に発展した。この年の新日本プロレスは年末にも暴動があったし、当時はファンも激しく熱かったなあ。マサ斎藤に間違えて手錠をかけた、という説があるけど、だとしたら本来のストーリーはどうなってどう終わる予定だったんだろ。

ブレイジングチェリーブロッサム87

前シリーズに続き、一新されたシリーズ名が続いた。当初はブレイジングチェリーブロッサム87だったがクラッシャーバンバンビガロの参戦によりシリーズ名が変更になった。当時、興行ポスターを購入したけど修正のシールが送られてきたからビックリしたのを覚えてる。

スプリングフレアーアップ87

1987年スプリングフレアーアップシリーズ。この年は次のシリーズもそうだけど一風変わったシリーズ名称に突然変わったなあ。フレアーという名称だったから、ん?リックフレアー?と思ったけど全く関係なかった(苦笑)

ワンマッチ興行

1986年1月14日後楽園ホール藤波辰巳木村健悟のワンマッチ興行。マットのスプリングを硬くしての試合だった。通常の試合会場で1試合だけの興行というのは後にも先にもこの日だけだったと思う。正月決戦で因縁が生まれた2人の決着戦となったが、1試合だけで後楽園ホールの興行を成立させたのはすごい。いまでは考えられないな。レフェリーは上田馬之助だった。

1987年ニューイヤーダッシュ87

1987年1月2日新日本プロレス後楽園大会。藤波辰巳木村健悟。この日は会場で観戦した。この対戦から伝説のワンマッチ興行へとつなかっていった。

1986年ジャパンカップタッグリーグ両国大会

1986年12月11日新日本プロレス86ジャパンカップタッグリーグ勝戦アントニオ猪木藤原喜明前田日明木戸修アントニオ猪木組の優勝に終わった一戦だったけど、前田日明のゴンタ顔が一瞬垣間見えた試合だった。アントニオ猪木の衰えを感じた前田日明が試合後に辛辣なコメントを出してたなあ。

10月の闘魂LIVEで新旧格闘王が入れ替わった直後のシリーズだった。

1986年ジャパンカップタッグリーグ後楽園

1986年11月14日新日本プロレス、暮れの定番タッグリーグ。この年はジャパンカップタッグリーグと名称変更。まあMSGが使えないのは仕方ないとして、前年同様にIWGPタッグリーグで良かった気もする。

藤波辰巳武藤敬司対ケンドーナガサキ、ミスターポーゴ

思えば藤波は83年のタッグリーグも前田と組んでたし、凱旋帰国した選手とフレッシュなチームを組むことがあったな。でもやはり、アントニオ猪木藤波辰巳組のほうが良かったな。それ以上にやはり新日黄金コンビと言えばアントニオ猪木坂口征二組だったな。

86年のタッグリーグアントニオ猪木藤原喜明と組んでたこともあり、いつもとは異色の雰囲気のシリーズだったな。少し前までアントニオ猪木、ボブバックランド組とかアントニオ猪木、ハルクホーガン組とかだったからなあ。