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80年代プロレスを中心に、プロレスを気ままに語る、柴犬好きのブログ

自分が観戦したプロレス興行や、プロレスについて思うことがあるときに、気ままに書きたいことを書いてます。

1984年サマーファイトシリーズ札幌大会

1984年7月20日新日本プロレスサマーファイトシリーズ札幌中島体育センター大会。この日はWWFインターナショナルヘビー級選手権試合、藤波辰巳長州力の試合。82年から繰り返してきた名勝負数え歌が一区切りついた試合。さすがに名勝負数え歌にも飽きが出てきてた時期だった。最後はアントニオ猪木に気を取られた長州力が藤のバックドロップでフォール負けして決着となったから、なんだかなーという感じだった。この時はまさか長州力がこの年の9月に離脱するとは思ってなかったなあ。

1984年サマーファイトシリーズ大阪大会

1984年7月5日新日本プロレスサマーファイトシリーズ大阪大会。この日は藤波辰巳かタイトルマッチと別にシングルマッチも戦うダブルヘッダー藤波辰巳長州力藤波辰巳対エルカネック。当時の旧大阪府立は灼熱の暑さだったらしいから、真夏の時期のダブルヘッダーはきつかっただろうな。それでも連戦を乗り切る藤波辰巳のスタミナはすごかったな。

1984年サマーファイトシリーズ開幕戦

1984年6月29日後楽園ホールで開幕した新日本プロレスのサマーファイトシリーズ。IWGP勝戦での乱入問題を引きずってて、なんかドタバタしてた記憶がある。当時、週刊プロレスにも長州力の、俺の言い分という記事があったな。このサマーファイトシリーズはアレン、シュルツ、カネック、リックオリバー、ロジャースミスだったかな、そのあたりが参加してた気がするけどなんかパッとしなかったなあ。このシリーズが終わってから、あのパキスタン遠征があったんだよなあ。

1984年IWGP優勝戦

1984年6月14日新日本プロレス84IWGP優勝戦は蔵前国技館にて行われた。対戦カードは前年度と同じくアントニオ猪木対ハルクホーガン。延長、再延長、そして長州力の乱入による不透明決着。蔵前で暴動が起こった。この頃のアントニオ猪木にはもうリーグ戦を戦って、最終戦でホーガンのような大型パワーファイターといい試合をする体力がなかったんだろうなあ。

前年の雪辱を晴らしてくれるのでは、と期待してテレビを見ていたけどがっかりした記憶があるなあ。

1984年IWGP広島大会

1984年5月18日新日本プロレス84IWGP広島大会。この日は好カード。藤波辰巳対アンドレザジャイアント、アントニオ猪木長州力のリーグ戦。藤波辰巳はアンドレにあっという間に負けてしまった。アントニオ猪木長州力に逆さ押さえ込みで勝利。この日はテレビ生中継だったから、アントニオ猪木長州力の試合が中継枠の中で終わるかなあと心配しながら見た記憶がある。

1984年IWGP開幕戦福岡大会

1984年5月11日新日本プロレス84IWGP開幕戦は福岡スポーツセンターにて開催された。いまは西鉄のソラリアプラザという商業施設になってて、福岡スポーツセンター時代の面影は全くないけど、いまでもソラリアプラザ前の信号を渡る度に、ここに福岡スポーツセンターがあったなあと思う。

当時、選手は福岡スポーツセンターの裏側にあった公園横に着けたバスを降りて会場入りしてたから、公園の横で待ってたら選手の写真をたくさん撮れた。

福岡スポーツセンターは冬になるとスケート場だったから独特な造りだった。一階には路面沿いの喫茶店もあり、開場前には、そこでお茶したりしてたな。

 

84IWGP開幕戦はアントニオ猪木とハルクホーガンの特別試合やアンドレザジャイアント対ケンパテラ、藤波辰巳木村健悟マサ斎藤長州力の試合もあり盛り上がったなあ。

1984年ビッグファイトシリーズ第2弾蔵前大会

この日の5対5勝ち抜き戦、メインはアントニオ猪木長州力。ついに実現した正規軍と維新軍の大将戦。アントニオ猪木が延髄斬りからの卍固めで勝利。盛り上がったなあ。