80年代プロレスを中心に、プロレスを気ままに語る、柴犬好きのブログ

自分が観戦したプロレス興行や、プロレスについて思うことがあるときに、気ままに書きたいことを書いてます。

1984年ジャパン勢大量離脱

1984年ブラディファイトシリーズ後にジャパンプロレス勢が新日本プロレスから大量離脱。新日本プロレスに残った選手による合宿風景がテレビでも流れたけど大ダメージの印象だったなあ。この時に生まれた名ゼリフは木村健悟の「稲妻!」でした。

1984年ブラディファイトシリーズ南足柄大会

1984年8月31日新日本プロレスブラディファイトシリーズ南足柄体育館。この日のメインは藤波辰巳対ボブ・バックランド。かの有名な伝説の試合、長過ぎたショートアームシザースというフレーズが生まれた日。執拗にキーロックを繰り出す藤波に、さすがに生中継を見ながら、えー、またキーロック…(*_*)つまんないなぁと思って見てた。確かこの日の生中継は試合途中のまま放送時間切れになったんじゃないかな。昔のファンは熱かった反面、ある意味寛容だったなあ。

1984年ブラディファイトシリーズ大阪大会

1984年9月21日新日本プロレスブラディファイトシリーズ大阪大会。この日はアントニオ猪木アノアロ・アティサノエによる異種格闘技戦。たしか大相撲の小錦の兄弟だった。試合は凡戦だったなあ。その他にもこの日は

ストロングマシンが増殖していて、2号のノータッチトペにはびっくりしたのを覚えてる。

1984年ブラディファイトシリーズ福岡大会

1984年9月7日新日本プロレスブラディファイトシリーズ福岡スポーツセンター大会。この日のメインはアントニオ猪木対ストロングマシンの初対決。謎の怪覆面がどんな試合をするのか、と思いながら観戦。アントニオ猪木がストロングマシンを卍固めに捉えたところで最後はマネージャー若松の乱入。

 

1984年ブラディファイトシリーズ開幕戦

1984年8月24日新日本プロレスブラディファイトシリーズ後楽園大会。謎の怪覆面とマネージャーのワカマツが登場。のちのストロングマシンなんだけど、この時は雑誌にキン肉マン登場か?とか書いてあったのでてっきりキン肉マンだと思ってた(苦笑)

1984年サマーファイトシリーズ蔵前大会

この日が旧蔵前国技館としてはラスト興行、そして離脱前としてはアントニオ猪木長州力のラストシングルマッチ。当時、そんなタイトルのビデオが出てたなあ。

アントニオ猪木がグラウンドコブラ長州力からスリーカウント。いい試合だった。試合中盤だったかな、アントニオが突如出したジャーマンも意外だった。自分の記憶の中のベストバウト五本の指に入ってる試合。

1984年サマーファイトシリーズ札幌大会

1984年7月20日新日本プロレスサマーファイトシリーズ札幌中島体育センター大会。この日はWWFインターナショナルヘビー級選手権試合、藤波辰巳長州力の試合。82年から繰り返してきた名勝負数え歌が一区切りついた試合。さすがに名勝負数え歌にも飽きが出てきてた時期だった。最後はアントニオ猪木に気を取られた長州力が藤のバックドロップでフォール負けして決着となったから、なんだかなーという感じだった。この時はまさか長州力がこの年の9月に離脱するとは思ってなかったなあ。