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80年代プロレスを中心に、プロレスを気ままに語る、柴犬好きのブログ

自分が観戦したプロレス興行や、プロレスについて思うことがあるときに、気ままに書きたいことを書いてます。

1984年第5回MSGタッグリーグ戦愛知大会

1984年11月30日新日本プロレス第5回MSGタッグリーグ愛知県体育館大会。この日はアントニオ猪木藤波辰巳対ストロングマシーンズのリーグ戦。なんとここで突如、藤波辰巳ドラゴンスープレックスを解禁。実況の古舘伊知郎氏も驚いていたけど、生中継を観ててびっくりしたな。なおかつドラゴンスープレックスが決まり手にならなかったことにもびっくりした。

1984年第5回MSGタッグリーグ優勝戦

1984年12月11日に行われた新日本プロレス第5回MSGタッグリーグ大阪大会。優勝戦のカードはアントニオ猪木藤波辰巳対ディックマードックアドリアンアドニス。スーパーバイオレンスコンビに苦しめなれながらも最後はアントニオ猪木卍固めが決まり、猪木、藤波組が優勝。この年は春先のユニバーサル勢の離脱、秋のジャパンプロレス勢離脱など様々な苦境を乗り越えてようやく年末までたどり着いたという感じだった。よくあの時、持ちこたえたなあと思う。

この日は週刊プロレスの表紙になってたけど4団体同時興行みたいな内容だった。いまでは団体が乱立していったい何団体あるのかわからない時代になったな。

1984年第5回MSGタッグリーグ開幕戦

1984年11月16日新日本プロレス第5回MSGタッグリーグ開幕戦は川崎市体育館で行われた。この日のカードはアントニオ猪木藤波辰巳ハルク・ホーガンザ・ワイルドサモアン。ハルク・ホーガンが場外で額に裂傷を負って、その後のリーグ戦を一時欠場。帰国してしまった。再度、復帰してくるかもと期待していたけどそのまま帰ってこなかった。当時の新日本プロレスWWFは契約更改問題でいろいろと上手くいってなかったみたいだから初めからその予定だったんだろうな。ホーガンの額の裂傷も横に一直線に切れていて、あまりにも不自然だったなあ。

1984年闘魂シリーズ最終戦メイン

この日のメインはアントニオ猪木ストロングマシン2号(≧∇≦)この時は正体がわからなかったけど、後年その正体が力抜山と知りびっくり!力抜山選手と言えば前座戦線で戦っていた選手だと思ってたからマスクをかぶって殺戮マシン軍団の2号に変身していたとは思いもよらなかった。マシン軍団はその後も増殖していって3号、4号もいて正体はいろんな説があったけどヤス・フジイとか、時にはブレッドハート?が入ってるなんて情報も雑誌に載ってたような記憶がある。

1984年闘魂シリーズ最終戦その2

新日本プロレス闘魂シリーズ最終戦、ザ・コブラブラックタイガーのNWA世界ジュニアヘビー級タイトルマッチ。この頃はコブラブラックタイガーの試合が良く組まれてたなあ。初代タイガーマスクと比べるとどうしても内容的に今ひとつだったけど、いまになれば冬の時代によく頑張っていたと思う。

1984年闘魂シリーズ最終戦

1984年11月1日東京体育館で行われた新日本プロレス闘魂シリーズ最終戦。藤波辰巳対カウボーイボブオートンジュニア。WWFインターナショナルヘビー級選手権試合。オートンは本物の馬に乗って入場してきた。藤波がサソリ固めで勝利したけど、この頃から冬の時代に突入していて会場も暗かったなあ。

1984年闘魂シリーズ開幕戦

1984年10月5日新日本プロレス闘魂シリーズ越谷大会。アントニオ猪木藤波辰巳木村健悟対マスクドスーパースター、カウボーイボブオートン、ブライアンブレアー。この日は高野俊二が凱旋。ブレッドハートにバズーカ砲を放ち期待が高まったけど、その後は失速。大きく活躍することはなかった。高野俊二と言えば、いつだったかな、アメリカ遠征中にシェリーマーテルと交際してる様子がファイト紙に報じられてたなあ。