80年代プロレスを中心に、プロレスを気ままに語る、柴犬好きのブログ

自分が観戦したプロレス興行や、プロレスについて思うことがあるときに、気ままに書きたいことを書いてます。

1984年の新日本プロレス

1984年は新日本プロレスにとって悪夢の暗黒の時代へとまっしぐらの年。前田日明を筆頭にユニバーサルプロレス勢の離脱、長州率いるジャパンプロレス勢が離脱し、アントニオ猪木坂口征二藤波辰巳木村健悟星野勘太郎以外は若手だけになってしまった。そんな1984年のベストバウトはやはり8月2日蔵前国技館アントニオ猪木長州力、グラウンドコブラの決着。4月19日蔵前国技館の5対5勝ち抜き戦での同一カードも良かったな。卍固めが崩れても、そこから延髄斬り、観客にアピールしてからさらに卍固め。翌日の東京スポーツ九州スポーツ)の見出しは、猪木、長州の首を折る!((((;゚Д゚)))))))。当時、高校生だったから、本当に首を折ったのか?と驚いたけどそこは東スポだからね。それに以前にも、アントニオ猪木対サージャントスローターの試合で猪木、スローターの延髄切断って見出しもあったし^^;